幕末の志士たちに学ぶ。男とは!

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江戸幕府からの江戸へ戻るように言われた浪士組。

清河八郎は江戸に戻って攘夷の挙兵をすればいいと考えを変え、江戸に向かうことを浪士組に言い渡した。

しかし、これに反対する者たちがいた。

近藤勇らの一派だ。

武蔵、相模をイギリスから守るという使命は、武州出身の近藤たちにとっては捨てがたい命令だった。
だが将軍の護衛と言う任務はもっと大事であり、清河暗殺の密命もあったが、近藤・芹沢鴨らは京都に残ることを選んだ。

残留を希望した近藤・芹沢らを浪士組取締出役の佐々木只三郎はすぐさま松平容保に報告。
老中 板倉勝静から「報国の士」を会津藩で預かるように進言され、松平容保はこれを受け入れた。

残留を当初から希望していた近藤・芹沢一派は13名、あとから追加で4名が増え、合計で17名になっていた。

芹沢鴨、近藤勇、新見錦、平山五郎、山南敬助、沖田総司、野口健司、土方歳三、原田左之助、平間重助、藤堂平助、井上源三郎、永倉親八、斉藤一、佐伯又三郎、阿比留鋭三郎、粕谷新五郎の17名。
このほかに鵜殿鳩翁が取りまとめた残留希望者が7名おり、総勢24名が京都残留組となっている。
しかし、殿内義雄が自派の勢力拡大を図ったため粛清され、他の殿内一派、粕谷、阿比留が京都を脱出し、最後に残ったのは近藤・芹沢一派だけであったのだ。


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高杉晋作 放因集

内優外患迫吾州
正是危急存亡秋
唯為那君為那国
降殫名姓又何愁


内優外患吾が州に迫る
正に是危急存亡の秋
唯邦君のために邦国のために
降殫名姓又何ぞ愁えん


国内は乱れ外敵も迫ってきた。まさに国の一大事のときである。
自分は主君のため、国のため、ただ尽くすのみだ。
たとえ、自分の命や名が奪われても、何も悲しむことはない。

幕府の征長軍を前に長州藩では俗論派が台頭し恭順謝罪の道を選ぶ。
高杉晋作たち正義派は失脚し、その命をも危ぶまれるようになってしまうのだ。
ちょうどそんな時の心境を詠んだ詩だと言われている。


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坂本龍馬 さり気ない一言

『攘夷の主唱なる』

薩長同盟を提案した坂本龍馬中岡慎太郎は苦労に苦労を重ねた。
長州の説得ににはことのほか労を費やしたのだ。

そもそも長州は薩摩に対し並大抵ならぬ恨みがあり、それを忘れさり薩摩と同盟を結ばせることは不可能かと思われていた。

何度か足を運ばせ、頃合を見計らって桂小五郎薩長同盟の話を切り出した。
龍馬は話し合いを聞きながら、桂たちの盲点をつく。

「貴藩は攘夷の主唱なるに巳に各国と和睦を結ばれ今却つて同胞なる薩藩と好を通ずるを拒まるるは不思議千万の事共なり」
と言った。

これには桂も高杉晋作も呆気に取られた。
確かに龍馬の言うとおりだ。
長州は攘夷の急先鋒として走ってきた。
それが今では馬関戦争のあとイギリスなどと同盟を結んでいるのだ。
あれほど嫌っていた夷敵と同盟が出来、なぜに同じ日本人である薩摩藩とは同盟できないのだ。

この一言は効いた。
桂ももう反論できない。
この時点で長州藩は長州藩の存続のことしか考えていなく、表向きは攘夷攘夷と叫んでは居てもやっていることは全然違うのである。
この龍馬の一言が、高杉晋作の決意を変えた。

高杉は「君巳に我が本心を知る。復た何をか申すべきとて、両雄連衡の大議論も忽ち立談の間に其局を結びし」とした。
これにより、桂は西郷に会う決意を固め、高杉も龍馬たちの後押しをするようになるのだ。


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京都に着いた浪士組は壬生村に宿をとった。
本部を新徳寺におき、隊ごとに宿割りをした。

そしてその夜、清河八郎は主だったものを本部の新徳寺に集めたのである。

「われわれは尊皇攘夷に決起するものなり。皆々依存ござらぬな」と言い放った。

いきなりの清河の発言に場にいたものは呆気に取られ、反対する者などいなく、清河は翌日に使者を立てて朝廷への建言を学習院に提出して受理された。
そして2月29日には朝廷から「攘夷に励むよう」という勅命までもらっているのだ。

この建言には「皇命に反する者は重臣でも容赦はしない」という文言があり、明らかに幕府の命令を無視するもの。
山岡鉄舟からの報告に、将軍後見人の一橋慶喜松平春嶽松平容保に浪士組を追放するように命令した。
春嶽は朝廷に働きかけ、「江戸で沿岸警備に励め」という勅命を浪士組に出させる。
あくまでも尊王である清河はこれに反対することが出来ず、江戸に下ることを決意し、江戸にて攘夷を決行しようとするのだった。

こうして浪士組はまた江戸に逆戻りすることになるのである。


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1863年(文久3年)2月8日、浪士組は江戸を出発した。
15日をかけて中山道を上り、23日には京都に着いた。

この隊列の中に近藤勇らがいる。
佐藤道場からは8名の人間が出ており、3番隊に井上源三郎佐藤房次郎沖田林太郎などだ。
6番隊には試衛館の面々がおり、土方歳三沖田総士山南敬助藤堂平助永倉新八などがいた。

その試衛館一派の中に浪士組では目立つ存在の者たちがいた。
それが水戸天狗党の一派である。
もともとが攘夷の志士に変貌するための組織であったので、そういった志士が多く紛れていたのだろう。

その水戸天狗党一派は、芹沢鴨新見錦平山五郎平間重助野口健司である。
おかしなもので、攘夷の志士と将軍警護を真剣に考える試衛館の面々が同じ浪士組として旅をしているのである。

試衛館の面々も十分に浮いた存在だったようだが、芹沢らも十分浮いていたようで皆に警戒されていたようだ。

そんな芹沢と近藤勇がひと悶着あるのだ。
選考して浪士組の多度の手配をする役になっていた近藤勇。
本庄宿に来た時のことである。近藤は芹沢の宿所手配を忘れてしまったのである。
当然ながらわざとではないので、近藤はひたすら謝ったのだが、芹沢の怒りは収まらず、芹沢は羽目板をはずして宿場のど真ん中で焚き火を始めてしまうのだ。
こういった話はすぐに伝播する。

本庄宿を一端とし、芹沢の粗暴はひどくなり、耐えられなくなった山岡鉄舟は辞任してしまし、近藤・芹沢の問題は相変わらずだしと、ゴチャゴチャと続いていた。
問題は、試衛館一派と、水戸天狗党一派、そして清河八郎一派の間でおきており、そんなこんなで京都に向かっていったのだ。