FC2ブログ
幕末の志士たちに学ぶ。男とは!

2018/101234567891011121314151617181920212223242526272829302018/12

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[坂本龍馬] ブログ村キーワード

坂本龍馬言行ノート

坂本龍馬のさり気ない一言。
『土佐の芋掘りともなんともいわれぬ居候』

坂本龍馬は1835年(天保6年)11月15日に土佐の町人郷士坂本八平直足の次男として生まれている。
今さら言うまでもないが、土佐には上士と郷士という身分差別があり、龍馬はその郷士の身分の子として生まれたのだ。

子どもの頃の龍馬は、「泣き虫」「洟垂れ」「寝小便たれ」と書かれた史料があり、ひ弱な惰弱な子であったらしい。
これは龍馬の家が商家を営んでおり、その商売が好調で裕福な暮らしをしていたようで、坂本家の末っ子として過保護に育てられたせいもあるかもしれない。

そんな龍馬がこよなく慕ったのが母のである。
は龍馬を優しく指導し、男子たる者の生き方を少しづつ教えていったそうだ。
しかし、龍馬が12歳のとき、母の幸が病で死んでしまう。
龍馬は泣きに泣き、取るもの手に付かず放心状態であったという。

そんな龍馬を母代わりとなり面倒を見たのが、4歳上の姉・乙女だった。
乙女は身長5尺8寸の大女で、男顔負けの力持ち、“坂本のお仁王様”とあだ名され武術や学問を好んだという。
その乙女により、龍馬は厳しく育てられていく。
常に傍に侍り、男子として武士としての心意気を叩き込んでいった。
その甲斐あってか、龍馬は成長していくとその才を表すようになったのだ。

後年龍馬が乙女に送った手紙の一節に次のような言葉がある。

「土佐の芋掘りともなんともいわれぬ居候に生まれて、一人の力で天下をうごかすべきは、これまた天よりすることなり」

土佐の芋掘りとでもいわれそうな田舎者に生まれて、しかも居候のような分際でありながら、天下を変える活動を一人ででもやるぞというようなことになったのも、これはまた天命というものでしょう。

この言葉からは、以前の「泣き虫」の龍馬の姿は見えない。
たとえ一人でも、時代を、世の中を変えるためにやり尽くすといった気概が見えるし、龍馬の信念が感じれる。

現に龍馬は東奔西走の日々を送り、時代を変えていったのだから。





スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mn1552.blog15.fc2.com/tb.php/1047-9ec2ac25
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。