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幕末の志士たちに学ぶ。男とは!

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坂本龍馬言行ノート

坂本龍馬 さり気ない一言

『若年より撃剣を好み』


江戸で剣術修行をしていた龍馬だが、その間に起きたペリーの浦賀への来航は龍馬にも大きな衝撃を与えていた。
15ヶ月剣術修行を終えた龍馬は故郷の土佐に帰る。
土佐に帰った龍馬は高知城下にいる河田小龍に会いに行くのだ。
河田小龍は土佐藩お抱えの絵師であったが、長崎などに遊学していた経緯があり、そこで得た西洋知識が豊富であった。
そんなことからアメリカ帰りのジョン万次郎からも海外の情報を聞く機会もあり、当時の土佐藩内では、諸外国の情勢に一番詳しかったのではないだろうか。
そんな小龍に話を聞きに行った龍馬の心境はなんだったのだろう。

龍馬は江戸でのペリー来航の大騒ぎがしっかりと脳に焼き付いており、このままでは日本の将来も危うい。
今の幕府には力はなく、放っておけば異国の言いなりになってしまう。そんな危機感を直に感じた龍馬だからこその動きだった。
小龍は龍馬に対し日本の鎖国がいかに無駄なものということ、異国の文化、科学、情勢が鎖国している間に進んでしまっていること、これからの日本が諸外国と渡り合っていくには西洋文明を受け入れ富国強兵を目指さなくてはいけないことなどを説いたのだ。
そして小龍は最後にこう言った。
「1つの商業を興し、利不利は別格、精々金融を自在ならしめ、如何ともして1艘の外船を買求め、同志の者を募り、これに附乗せしめ、東西往来の旅客、官私の荷物などを運搬し、以って通便を要するを商用とし、船中の入費を賄い、海上に練習すれば航海の一端も心得べき小口も立つべきや、これら盗を捕らえて縄を造るの類なれど、今日より始めざれば、後れ後れして前談を助くるの道も随いて晩れとなるべし。これのみ吾所念のところなり」と話したという。

これを聞いた龍馬は
「若年より撃剣を好みしが、是もいわゆる一人の敵にして、何か大業をなさざれば、とても志を伸ること難しとす。今やその時なり」と。
今までは剣術を好んでやってきたが、これは一人の敵を倒すだけのもの。これでは大業をなして志を述べることは出来ない。今こそ志を大きく持たなければならない。ということだ。

その後の龍馬はこの時のとこをもとに行動し始める。
そして後年、亀山社中を設立し、海援隊へと発展していくのだ。


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