FC2ブログ
幕末の志士たちに学ぶ。男とは!

2018/101234567891011121314151617181920212223242526272829302018/12

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。
[坂本龍馬] ブログ村キーワード
坂本龍馬 さり気ない一言

『世に活物たるもの』



土佐で河田小龍の話を聞いた坂本龍馬はいてもたってもいられなくなった。
実際に自分お目で見てみたい。世界が今どんな状況なのか、どんな文化を持っているのか興味を抑えることが出来なくなってきていた。
それにともない、ペリー来航以来志士たちは尊皇攘夷に傾倒しており、龍馬のいる土佐藩もその流れの中にいた。
武市瑞山が頭角を現し、土佐勤王党を創り攘夷運動を展開し始めていた。
龍馬も最初はそんな輪の中にいたのだが、求めるものが違ったのだろう。自分の目指すものに向い遂に脱藩してしまう。

脱藩した龍馬が向かったのは、先に脱藩をしていた吉村寅太郎がいる長州だった。
長州の下関で龍馬は回船問屋の豪商 白石正一郎を訪ねた。
尊皇攘夷の急先鋒の長州藩にある白石邸は多くの志士達が出入りしており、白石自身も勤王商人だった。

多くの志士達が京都を目指すのだが、龍馬はここからなぜか九州に向かう。
龍馬の目的は小龍から聞いた薩摩の反射炉や、長崎の街を見ることだったのだ。

当時の脱藩者の多くは志士として皆似たような考え方を持っていたのだが、この時点ですでに龍馬は他の者とは考え方が違ったのだ。
実際に自分の目で見て、異国文化を感じ取る。
そんな気持ちで龍馬は九州を廻った。
一月ばかりして龍馬は大坂に出る。脱藩者なので路銀もなく、その当時はまだ支援者もいなかった龍馬は刀の縁頭までも売り払ってしまっていたと言う。
大坂で脱藩時以来に沢村惣之丞と再会する。
このとき沢村からとんでもない報告を受けるのだ。
「お主は東洋殺しの一味とされており、この辺りまで下目付けがきて探しているから気を付けろ」と言うのだ。
脱藩罪のうえに、濡れ衣の東洋殺しの罪まで着せられてしまったのである。

身動きの取れなくなった龍馬は江戸に出る。
行く先はかつての師 千葉定吉の千葉道場である。
千葉道場にて暖かく迎えられ一息を付いた龍馬。
しかし、江戸においても特にやることもなく、無為に日々を過ごしていた龍馬は次のような言葉を残している。

世に活物たるもの、皆衆生なれば、何れを上下とも定め難し。
今世の活物にては、唯我を以って最上とすべし


この世に生を受けた人間は、皆ひとしなみに衆生であるから、本来上とか下とかの関係があるものではない。
自分こそ最上だと思って行動すればよい。
最後に頼れるのは自分だけ、と言うことである。

そんな考えが東奔西走の日々に繋がっていくのだろう。


CoRichブログランキングランキングはこちらをクリック!
にほんブログ村 歴史ブログ 幕末・明治維新へブログランキング ドット ネット





坂本龍馬を歩く改訂版 Price1,575 円
回天ふたたび坂本龍馬 Price900 円
維新創世坂本龍馬 Price1,575 円
クロニクル坂本龍馬の33年 Price1,890 円

スポンサーサイト
コメント
この記事へのコメント
コメントを投稿する
URL:
Comment:
Pass:
秘密: 管理者にだけ表示を許可する
 
トラックバック
この記事のトラックバックURL
http://mn1552.blog15.fc2.com/tb.php/1054-1706a03f
この記事にトラックバックする(FC2ブログユーザー)
この記事へのトラックバック
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。