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幕末の志士たちに学ぶ。男とは!

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前にも高杉晋作は教養のある人だったと言う話はしたと思うが、晋作はいたるときに詩を詠んでいる。

1864年(元治元年)長州藩は単独で外国船艦隊と戦争をする。
結果は長州軍の惨敗。
それと同時に幕府の長州征伐軍が迫る。

長州藩は切羽詰っていくのだ、それまでの中心だった正義派が追いやられ、台等してきたのは俗論派の者たちだった。
正義派の高杉晋作たちは危機感を感じ亡命することになる。

萩を脱出した晋作は長崎に赴き、時が経つのを待つ。
その間に詠った詩が『放因集』である。

その『放因集』の中から有名な詩を少しづつ紹介していきたい。

独悲死別与生離
人世浮沈不可期
一椀晩餐一杯酒
憑君深意慰吾思


独り悲しむ死別と生離とに
人世の浮沈期すべからず
一椀の晩餐一杯の酒
君に憑って深意吾が思いを謝む


死に別れと生き別れは悲しいことだ。
人生の浮き沈みとは測りがたいものである。
一椀の晩餐、一杯の酒でもてなしてくれた君の御厚意に大いに自分の心は慰められた。

これは晋作が外国艦隊との講和の使者に選ばれ決死の覚悟で赴く際に詠われた詩ということだ。
晋作の人生も浮き沈みが激しく、時にはキチガイ扱いを受け、名を東行と称し出家してしまうほどだった。
しかし、またこうして藩主からの依頼により、講和の使者として赴く自分の運命も激しく浮き沈みしていると感じたのだろう。


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