幕末の志士たちに学ぶ。男とは!

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桂小五郎を常に守り、愛を貫いた人、幾松

幾松は小浜藩士 木崎市兵衛、母は小浜藩医師細川太仲の娘・末子の間に生まれる。
裕福そうな家に生まれたように見えるが、幾松が幼いころ、藩内での事件により父 市兵衛が妻子を残して出奔してしまう。
残された母は、娘らを連れて実家の細川家に戻り、計は約5年間を神子浦で過ごすことになる。

その後、京都で父の消息が分かったものの、ほどなく病死。
母も京都で再婚し、幾松は9歳で舞妓になる。

数年後には、幾松は公家の係累にあたる人の養女となるのだが、その養父が放蕩三昧の人であったため、芸妓に出されましまうのです。
美しく、芸事にも秀でた幾松は、14歳で2代目幾松を襲名し、幾松となるのです。

幾松が19歳の1861年(文久元年)運命の人、桂小五郎と出会う。
二人は互いに引き合い、心を通い合わせます。
桂はそんな幾松を身請けします。
桂は10歳年上で、尊王攘夷、倒幕の志士として新撰組などから付け狙われる身でした。
幾松は機転を利かせて桂を襲撃から守ったり、自らも追われる身となりながら、危険を冒して潜伏中の桂に食料を届け、連絡役を務めるなど献身的に尽くしました。
以来桂小五郎が命の危険に晒されていたもっとも困難な時代に桂を守り、必死に支えつづけるのです。

特に禁門の変以降の動乱の中は必死の思いで桂を守ります。
幕吏や新選組は長州藩士を血眼で捜していたので、桂小五郎も掘立小屋に乞食のような身なりで潜んでいました。
そんな桂を幾松が探し出します。
幕府の厳しい監視のため桂をこの場所から移動させることは出来ません。

幾松は桂ののところに食事を運ぶようになるのですが、やはり幕吏に目を付けられるようになります。
危険を感じた幾松は母に役目を託します。
また、近藤勇に桂の居場所を聞かれたこともあったと言われている。

幾松の必死の努力により無事に京都から脱出させることに成功するのです。
無事に京都を脱出した桂は出石に潜伏した後、長州に戻り、長州藩をまとめ上げ、明治維新へ向けて奔走するのです。

維新後は幾松は、山口藩士 岡部富太郎の養女となり松子と改名、正式に木戸孝允の妻として、東京で暮らしました。
やっと手に入れた安住の世界でしたが、それも長くは続きませんでした。
1877年(明治10年)西南戦争のさなかに木戸は病死してしまいます。
木戸孝允の死により松子は再び、ふたりが出逢った地・京都に戻り、尼僧となって翠香院と号し、木戸の冥福を祈るのです。

1886年(明治19年)松子は43歳でこの世を去ります。
短くも波乱に富んだ生涯でしたが、桂を守り続けたその愛は何よりもかけがえのないものだったのではないでしょうか。

明治19年、病死。享年44歳。


      


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